インタビュー等




総合音楽市場調査 コンフィデンス』
1975年(昭和50年)10月27日号
昭和50年10月27日発行

第八回新宿音楽祭
東京・新宿厚生年金会館大ホール
・・・この音楽祭を特色づける審査員特別奨励賞は小川
順子(徳間音工)。敢闘賞は、自作自演の素晴らしい声
の持主・西島三重子(ワーナー)と関西フォークの良さを
受け継ぐバンバン(CBSソニー)に決まり、企画した文
化放送のラジオ媒体としての面目躍如の一面もうかが
われた。・・・
 「のんだくれ」はこの号で初登場シングル195位
伊藤 強「音楽賞の審査員として」



『明星 young song』
1975年(昭和50年)11月号付録
昭和50年11月1日発行

  デビュー曲「のんだくれ」を掲載
昨年、渋谷チャオ・パルコ・サウンド・オーディションで
優勝、その実力を認められた。民謡、寮歌、唱歌が好き
という日本の歌ごころのわかった女性。24才。



『週間平凡』
1975年(昭和50年)11月20日号

若いこだま

 独特の個性をもったシンガーソングライター 
西島三重子
女性のシンガー・ソングライターが、日本の歌謡界でもウ
ーマン・リブ的な力をふるっている。荒井由実とか、小坂
恭子とか・・・。彼女、西島三重子も、そんなひとりとして
がぜん注目を浴びている。フォーク・コンテストの1位とな
り、プロとしてデビュー。と同時に新人歌手の登竜門とし
て最高の権威をもつ『新宿音楽祭』にノミネートされ、ダ
ークホース的に敢闘賞≠獲得した。彼女の未知の
可能性が高く評価されたわけだ。・・・



『週間明星』
1975年(昭和50年)11月23日号

HOPE
さえる山椒の味

 力を秘めたシンガーソングライター 西島三重子
彼女自身が作曲した「のんだくれ」でデビューした。プロ
歌手になる気持ちはなかったが、楽器を買うために
優勝賞金の30万円が欲しくて≠るサウンド・オーディ
ションに出場、優勝したことが、この道へ入るきっかけに
なった。・・・詩集を自費出版したり、油絵の展覧会に入
選するなど、小柄な体に多彩な才能を秘めている。・・・
すいせん者・小柳ルミ子 



『週間朝日』
1975年(昭和50年)11月28日号

表紙 西島三重子

紹介記事は次の通り
  西島三重子
自作の「のんだくれ」で新宿音楽祭敢闘賞を受賞した。
新人とはいってもカウンセラーズという音楽作家集団で、
彼らの売り込み用デモ・テープの歌手を三年もやってい
るだけに、作曲も歌も並のぽっと出歌手ではない。和光
大中退の二十四歳、各種の賞の賞金を、グループの楽
器購入代にあてるところなど、なかなかの苦労派。



『明 星』
1975年(昭和50年)12月号
昭和50年12月1日発行

実力派! 西島三重子
 9月25日 ワーナー・パイオニアから 『のんだくれ』 で
デビューした彼女 アルバム 『風車』 も同時発売という
めぐまれたスタートだったが それもそのはず ’74渋谷
西武チャオ・パルコ・フェスティバルで優勝した実力派
全曲自分で作曲したアルバムはソング・ライターとしての
彼女の実力を示すには十分といえよう 24才というおそ
いデビューだが 尊敬する加藤登紀子をめざして 歌謡
曲をベースにした歌を歌っていきたいという 彼女に期待
しよう



『近代映画』
1976年(昭和51年)1月号
昭和51年1月1日発行

自作曲50曲の中から『のんだくれ』を出した
西島三重子
 しみじみとした歌で、じわじわとヒットのきざしをみせて
いる西島三重子さんがうたう『のんだくれ』(ワーナーパイ
オニア)
 発売されたのが9月25日で、10月16日には新宿音楽祭
の敢闘賞に入賞するなど、その歌唱力をデビューまえか
ら高く評価されていたのです。
 その歌声からヒットしてきただけに彼女の素顔が気にな
るところなので、西島三重子さんの横顔をクローズアップ
してみましょう。(後略)



『女性自身』
1976年(昭和51年)1月22日号

1976

  歌手 西島三重子
みずから作曲して歌った “のんだくれ” で、去年の新宿音
楽祭の敢闘賞を受賞。「ことしはコンサート中心でいきた
い。 “日本人らしい音楽” を創るシンガーソングライター
になるのが、私の目標です」
 (Vサインの写真一枚)



『プレイボーイ』
1976年(昭和51年)1月20・27日号

女性フォーク歌手名鑑

  西島三重子
 昨年12月、野口英世記念館でコンサートを開いた。
彼女がボーカルをやっていたグループ、カウンセラーズ 
とのレコード発売記念である。彼女のシンガーとしての 
今日は、このカウンセラーズとともにあったといってよい 
 新宿音楽祭に出場したのも、グループの資金稼ぎの
ためだった。見事、敢闘賞に輝き、プロの道を歩むきっ 
かけにもなった。彼女の歌を、歌謡曲的だと人は言う。 
しかし、演歌であれ、フォークであれ、自分で納得でき 
れば唄ってゆく、と彼女は言う。 



『guts(ガッツ)』
1976年(昭和51年)3月号
昭和51年3月1日発行

薬師の縁日は小春びより−西島三重子
この町で生まれ育った西島三重子。肉屋の看板娘である
彼女の得意料理は、やはり肉料理。ローストチキンを作ら
せたら天下一品とか。(中略)
今年は全国的にコンサートを開催して、西島三重子の人
と歌を知ってもらおうと、小柄な体に意欲は満々。デビュー
してまだ半年にもならないが、「のんだくれ」を歌う彼女の
淋しさを漂わせる澄んだ声は、人々に静かに浸透してい
るようだ。
 (新井薬師での写真4枚)



『平凡 HEIBON SONG』
1976年(昭和51年)7月号付録

最新フォーク・シンガー名鑑
池上線  西島三重子

本名 : 同じ
生年月日 : 昭和26年8月17日
出身地 : 東京都
最終出身校 : 和光大学デザイン科
デビュー曲 : のんだくれ
デビュー年月日 : 昭和50年9月25日
趣味 : 絵を描くこととギターが趣味



『明星 young song』
1976年(昭和51年)10月号付録

フォーク異人伝 5
”普段着”のフォーク・シンガー 西島三重子

マイペースで日本人の”ふるさと”をうたう
質素な普段着のままでステージに立つ彼女。その素朴さ
が、シンガー・ソングライターとしての彼女の作品に、より
さわやかな印象を与える。フォークと歌謡曲の接点での
地味だが着実な活動が、いま注目されている。
その作品はフォークにとどまらず、歌謡曲っぽいものや
ポップス的なものと幅広い。だが、全ての曲の底には、
彼女の内から湧いてくる暖さが流れている。


new
総合音楽市場調査 コンフィデンス』
1976年(昭和51年)10月18日号
昭和51年10月18日発行

第3回横浜音楽祭
10月6日 6:30PM開演 於:横浜文化体育館
主催:ラジオ関東 後援:神奈川県、横浜市、横浜商工
会議所 協賛:TVKテレビ
第3回横浜音楽祭の最優秀新人賞は「嫁に来ないか」
の新沼謙治(C)に輝いた。第2作目「嫁に来ないか」の
実績からしてもまず順当な受賞とみられる。新人特別
賞は「水色の星」の吉田真梨(CS)が獲得した。新人賞
は田山雅充(CA)朝田のぼる(M)大塚博堂(PH)角川
博(RVC)西島三重子(WP)の5名が受賞した。実力派
ともいえる大塚、西島の受賞は殊にこの賞の特長を生
かしてユニークといえようか。



『ヤングフォーク』
1977年(昭和52年)夏号
昭和52年6月25日発行


西島三重子
 聞き終わってハッピーになれるものを
 シンガー・ソング・ライターが数多く生まれ、その意味が
再び問われているが、西島三重子は、その実力も実績も
充分に認められている一人だ。
 セカンド・アルバム「さめないうちに・・・・・・」は1枚目の
LPよりも、アルバムとしてのトータルなバランスに気を使
ったようだ。「1枚目はいろいろな自分を出したかったの
で、シングル盤志向だったのと、全体に暗いイメージが強
かった。でも実際の自分は楽天的なので、2枚目では、あ
ったかさとか、聞き終わってハッピーになれるものにした
かった」という。・・・



『映画情報』
1979年(昭和54年)2月号
昭和54年2月1日発行


 心をなごませる曲がかければ・・・・・
 独特のオリジナリティを生かして、シンガー・ソングライター
兼作曲家として活躍中。自作自演の最新曲『想い出をふり
かえらずに』はテレビ朝日系『みずきの花匂うとき』の主題歌
として使われ、好評を得た。また作曲家として五木ひろしの
『途中駅』、木の実ナナの『うぬぼれワルツ』、園まりの『流さ
れて』などを手がけている。「歌ってもらう方になりきって曲作
りをします」というのが信条だ。
 グラビア写真3枚(3ページ)



『平凡』
1980年(昭和55年)5月号
昭和55年5月1日発行


 またときめく旅をしてみたい
三重子には2人の姉がいる 年子の3人姉妹なので小さい
時から すごーく仲が良かった みんな旅行が好きで学生
時代には よくいっしょに旅へ行き 各地の名物をいろいろ
食べ歩いたという
いま三重子は 仕事で地方によくいくようになったものの
昔のような楽しい旅がなつかしいという 結婚してしまった
お姉さんへ 旅先から三重子が旅のさそいの手紙を出した
・・・・・・



『ギターブック』
1981年 APRIL
昭和56年4月1日発行


西島三重子
 もうすぐ始まるコンサート
 での出会いが、今から楽しみ
 名曲「池上線」のヒットで知られる彼女。すでに7枚のア
ルバムを発表しているベテラン(?)シンガー・ソングライ
ターだ。今年1月、ワーナーからテイチクへ移籍。心機一
転、新天地での活躍が期待されている。
 1月に発売した移籍第1弾のアルバム『BYE-BYE』が好
評の西島三重子。“別れ”をテーマにしたこのアルバムか
らカットされたシングル、「あきらめてサンバ」も高校生を
中心に支持され、ラジオのリクエスト・チャートを上がりつ
つある。そんな彼女に会ってみた。・・・



『ヤング・センス』
1981年 春号
昭和56年5月10日発行


POP SCENE '81
優雅なチャレンジャーたち

 西島三重子
 アダルトなサウンドで、根強いファンを持つ彼女。1/25に
出したLP「Bye Bye」が好評だ。6枚目だが、レコード会社
を移籍しての第1作。シングル「あきらめてサンバ」など彼
女にしては珍しくポップな仕上がり。曲のイメージ・チェンジ
に合わせてか、ずっとストレートだった長い髪にアイロン・
パーマをかけて外見もちょっぴり変身。「新しいスタッフと
いっしょに、いろいろ冒険してみたい」と意欲的。今年はス
テージ活動も期待できそうだ。



『DELUXE プレイボーイ』
1981年(昭和56年)6月号
昭和56年6月1日発行

GALS VOICE
西島三重子

良き時代の甘き豊かな味がする
・・・「歌というのは、おかしなもので、同じ歌でも、人によっ
て、聞くところによって感じ方は様々なんです。だから私
は、私の歌の解決をああだこうだと、おしつけるつもりは
ないの。その人の生活の中で気持よく聞いてくれたらそれ
でいいと思うの。私のもとから、放れていった歌たちはも
う私だけのものではないのだから」
・何となく三重子さんの歌に対する思い入れがわかってき
たような気がする。今年の1月『Bye-Bye』というニュー・
アルバムを発売した彼女だが、その音づくりはきわめて
シンプルだ。・・・
 (2ページに写真とインタビュー記事)



『プレイボーイ』
1982年(昭和57年)1月5・12日号

We Say Music ’82
私達は音楽で時代を語る。

Lost Hour 西島三重子
 ニュー・アルバム「Lost Hour」では、新しいサウンド
づくりのために少し冒険してみたという。西島三重子の
のびやかなヴォーカルは、胸に気持ちよくしみてくる。
彼女を知れば、キミもアイドル歌手に卒業したくなるはず
だ。



『新譜ジャーナル』
1982年(昭和57年)7月号

Evergreen MIEKO
 西島三重子はデビューして7年目、シンガーソングライ
ターとしてはベテランの部に入るが、会うたびに、そして
新しいアルバムを聴くたびに、いつも新鮮さを感じる。
 5月にリリースしたアルバム『Image(イマージュ)』では、
アレンジャーに井上鑑を起用しポップなサウンドに乗って
明るいヴォーカルを聴かせてくれる。
 地味ながらも着実にいい仕事している西島三重子に注
目を!



『BE-PAL』
1983年(昭和58年)2月10日号

MY OUTDOOR LIFE
自然の風と香り、大好き
4ページの写真と西島さんのアウトドアライフの紹介文
西島三重子さんといえば『池上線』のヒットや五木ひろし
の『途中駅』など作曲家としても確たる人気を集中させて
いるミュージシャンだけど、じつはアウトドア大好き人間の
一人であり、女性には珍しくルアー&フライ狂でもあった
のだ。さらに貴重にも毛ばりを自分で巻くのが趣味だとは
驚き。



『FM fan 九州版
1983年(昭和58年)7/18-7/31

やわらかなまなざしを失わない
 西島三重子の6枚目のアルバム『Soft-i 』(ソフト・アイ)
が、6月21日に発売された。シングルの「恋遊び」(B面
OLD DANCER)も出た。この春には、初めてのライブ2枚
組『記憶の時間』『記憶の空間』の2種が出たところ。また、
7月26日には日本青年館で”イマジネーション・ナイト第5
章”、9月30日に神奈川県民ホールで”Soft-i”のコンサー
トが行われる。昭和50年の秋にデビュー以来8年、今年
改めて彼女の存在に脚光が当てられている。・・・



『明 星』
1983年(昭和58年)10月号
昭和58年10月1日発行

オトナのための歌が歌える女に・・・
 芳恵ちゃんや石川ひとみちゃん、沢田聖子ちゃんのLP
を聴いた人ならこの人の名前を知ってるはず。素敵な曲
を書くんだよね。リリックな女の子の気持ちをうまく表現し
てる。で、彼女のLPを一枚聴いてみて欲しい。例えばいち
ばん新しい『ソフト・アイ』。彼女、おねえさま≠ニ呼ぶに
ふさわしい年なんだけど、きっとこんなオトナになりたい
なあ≠ネんて思うはず。・・・



『ザテレビジョン』
1984年(昭和59年)3月30日号

特集 フィッシング
「仕事場」に釣り人を訪ねる
高橋幸宏、矢口高雄、西島三重子の3人
 初めてルアーを見たのは5年前だったかしら。「これで
釣れるの」って信じられませんでした。その年富士五湖に
何度も通ったんですけど釣れなくて、初ヒットは次の年。
ブラックバスです。針がかかったところに傷薬をぬってあ
げてリリースしました。・・・・



『週刊平凡』
1986年(昭和61年)9月12日号

TALK SPECIAL女のウソ!NTERVIEW
愛するがゆえのウソは許せますか
使い方ひとつで、それが
真実≠ノもなりうるんですね
 6曲入りの新作が『寝物語』とは、いささか衝撃的!
愛するがゆえに、つく嘘を許してくれますか・・・・・・≠ニ
いうコピーもつき、大人の男女の哀しくも刹那的な恋愛
模様が描かれていてドキリとさせられる。・・・



アコースティック・ギター・ブック
『日本のフォーク特集号 4』


2002年(平成14年)5月9日発行

インタビュー&ギター
西島三重子
 西島三重子の2年振りのニューアルバム『夢のあとさ
き』は、自身の原点を見つめ直し、本来のアコースティ
ック・サウンドを追求しているといるという。かつてライブ
やレコーディングで西島のバッキング・ギタリストを務め
た筆者が、彼女の音楽活動における“あとさき”を検証
しながら、新作について訊いてみた。
  作曲に関して原点に戻って、曲作りを
  中心にしてみたのが今回のアルバムなの
取材:大塚康一 撮影:小嶋秀雄  2ページ



『月刊 ピ ア ノ』
2005年(平成17年)8月号

小原孝のTRY TRY TRY「ピアノよ歌え!」
おひさまのたね
 今年デビュー30周年を迎えたシンガーソングライター
西島三重子さんが、大切に歌い続けている素敵な曲を
お届けします。いわゆるヒット曲ではありませんが、幼稚
園や保育園を中心に静かなブームを巻き起こしている
名曲です。気に入ってくれたら、ぜひ原曲の方も聴いて
みてくださいね。家族みんなで楽しめる一曲です。



『T I T L E』
2007年(平成19年)6月号

半田健人が語る
昭和歌謡に色濃く残る「あの頃の東京」の魅力。

健人が選ぶ「東京の地名入り」ベスト5曲。
 『池上線』 この5曲の中で唯一、歌詞ではなく、曲が
いいなって思った曲です。アレンジは馬飼野俊一さん、
作曲は西島さんがやってるんですが、最初に聴いた時、
これ絶対に歌謡曲のスタッフによって作られた曲だなっ
思ったぐらい、歌謡曲の王道を行くメロディーなんです。



『FOLK DAD フォークダッド
2007年(平成19年)vol.1(9月6日発行)

フォークの女神たちは今

西島三重子
1950年8月17日東京都出身。アマチュア・フォーク・グル
ープで歌っているところを見出されて、'75年にアルバム
『風車』でデビュー。翌年、1stアルバムからのシングル
・カット「池上線」がロングセラーを記録し代表曲となる。
五木ひろしに書いた「途中駅」のように、その歌謡曲的
持ち味で幅広い層に人気があった。最近は絵本作家と
しても活躍。'06年に通算23作目のオリジナル・アルバ
ム『Bon Courage』を発表した。



『青春のうた BEST Collection
CDつきマガジン 1970年代後期 12
2008年(平成20年)8月19日発行

あの頃ぼくらは 1979

時代の表現者 西島三重子
 「千登勢橋」以前は、私の経験から生まれた私自身の
歌っていうものを持っていなかったんです。・・・私も実感
できる歌が欲しいと思った。それで、作詞家の門谷憲二
さんと一緒に、学生時代を過ごした目白の街をいろいろ
話しながら歩いて千登勢橋も案内しました。それで門谷
さんがあの詞を書いてくださったんです。・・・・あの曲は
”自分はフォークシンガーとしてやっていくぞ !!”っていう
意志表示の曲だったと言えます。